なぜ医療事務の労働環境が過酷なのか?


なぜ医療事務の労働環境が過酷なのか?

働き方改革が叫ばれるようになってから、医療従事者の労働環境は少しずつ変化を見せ始めています。

 

その一方で、医師や看護師、検査技師など医療従事者を支える立場である医療事務の労働環境が、ほとんど改善されないままであることはご存知でしょうか?

 

 

医療機関の規模が大きくなるほどに、医療事務が抱える業務負荷は大きくなります。

 

その最大の理由は、医療事務が医療機関直属ではなく、外注スタッフとして勤務しているところにあります。

 

 

私は2年前まで約7年間、公立の総合病院で働いていた元医療事務です。

 

朝出勤してから夜遅くまで働き、月に3回の休日出勤もこなしていたほど、仕事漬けの毎日を過ごしていました。

 

月平均の残業時間は30時間を優に超え、一時期は残業だけで280時間働いていたこともあります。

 

そんな私が、病院で働く医療事務の過酷な労働実態についてご紹介します。

 

 

 

これから医療事務として働こうと考えているあなたに実情を知っていただき、そのうえでどのように働きたいかを考えるキッカケにしていただけたらと思います。

 

 

医療従事者よりも冷遇されがちな医療事務

 

医療機関には、さまざまな立場の人が働いています。

 

 

●病院の運営や経営をおこなう作業員や事務員

●医師、検査技師、看護師などの医療従事者

●薬剤師

●栄養士

●警備員

●清掃係

●医療事務

 

 

このうち、医療従事者や薬剤師、病院直属の作業事務員を支えているのが医療事務です。

 

医療事務は『事務』と名が付くせいか、内外的に軽微で簡単な仕事だと思われがちです。

 

もちろん、医師たちのように深く専門的な知識や技術、経験に比べると、代わりが利く職業でもあるため、医療従事者や医療機関そのものから冷遇されやすい立場にあることは否めない事実です。

 

 

しかし、医師や看護師などのように人の命に直接かかわる仕事ではありませんが、実際は間接的に患者の命にかかわる仕事をしています。

 

 

 

 

医療事務の仕事は多岐にわたる

 

業務内容は、医療機関の規模によっても多少の違いがあります。

 

クリニックや診療所のような、いわゆる“町のお医者さん”と呼ばれる医療機関と、さまざまな診療科がある総合病院では配置されるポジションが違うからです。

 

患者数も大幅に異なるため、クリニックでは医師や看護師がしてくれる業務も、総合病院では医療事務が担うことも少なくありません。

 

 

 

これからは、私がいた総合病院を例にして、医療事務が配属される部署ごとの業務を簡単に説明しています。

おおむね他の病院と大差がありませんので、医療事務の仕事を知る参考にしてみてください。

 

 

 

 

受付・案内・予約

 

保険証の確認や、受診予約の確認をします。

 

受付では保険証情報が最新のものかどうかを確認し、必要であれば訂正もしくは新しくデータベースに登録をします。

 

登録は、基本的に手入力です。主に月初めに作業が集中しやすい傾向にあります。

 

 

 

初診受付では他院から持参した紹介状を確認し、受診予定の診療科に連絡を取り、患者がスムーズに受診ができるよう連携を図ります。

 

紹介状がないと受診できないので、その場合は紹介状を発行した医療機関に問合せをしたり、紹介状なしでの受診には特別料金が発生することを説明します。

 

 

案内係では、患者をはじめ来院した人に院内施設を案内したり、電話による問合せを受け付けたりしています。患者や来院者からの苦情などご意見を伺うこともあります。

 

 

 

 

証明書の発行

 

病気やケガによる治療費を生命保険会社に請求したり、労災で会社に請求したりする際の申請書類の記入申込みの受付や、出来上がった書類を渡します。

 

証明書の内容は医師が記入しますが、漏れや抜けがないかは医療事務がチェックしています。

 

 

万が一、内容に過不足があると請求できず、患者が迷惑を被ることになります。

 

書類が完成すると患者にその旨を連絡したり、受け取りまでの管理をしたりします。

 

 

 

 

検査室の案内・補佐

 

レントゲンや採血など検査に来た患者に、検査前の説明や順番の案内、会計方法の説明をします。

 

検査に際して注意事項があるときはその旨を伝えたり、必要に応じて確認したりします。

 

また、患者が医師の指示どおりに検査を受けられるよう検査項目を確認したり、採取した検体(血液や尿など)の取り違えを防ぐための識別ラベルの発行をおこないます。

 

 

全ての患者の検査が終了すると、検査室の後片付けや翌日の検査のための備品の補充など準備をおこないます。

 

 

 

 

入院患者の対応

 

入院が決まった患者に、入院のための手続きを案内したり、入院当日に病室へ入るための手続きをおこないます。

 

患者が入院してきたら、入院費を計算する入院会計部署へ報告をします。

 

 

入院費用は高額になることも多いため、患者の金銭的負担軽減と未払いを防ぐためにも高額療養費制度(医療費を抑えるための制度)の案内や申請手続きの説明などもおこないます。

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外来会計・入院会計・料金徴収

 

外来受診した患者の診療費を計算し、支払い窓口や精算機から料金を徴収します。

 

ここでは、入院費の窓口支払いも受け付けています。

 

診療費の計算では、各診察室や検査室と連携を取り、過不足や誤りがないように診療項目をくまなくチェックして会計を確定します。

 

 

 

処方薬がでているときには、調剤部(院内薬局)と連携を取り、過不足なく患者に薬が渡るように手配します。

 

院外で処方薬を受け取る場合には、処方箋が有効になっているかどうかのチェックもおこないます。

 

必要に応じて、院外薬局と連絡を取り合うこともあります。

 

このほか会計に関する問合せや、支払いに関する相談を伺うこともあります。

 

 

 

外来患者と入院患者では計算する部署が分かれており、入院患者の場合は入院会計担当者が計算します。

 

請求する内容には、手術や食事など外来とは異なる項目もあり、それらが正しく計算に含まれているかを確認する必要があります。

 

入院費の請求は、入院会計担当者が各患者に病棟クラークを通して請求書を渡し、患者はそれを持って清算に行きます。

 

請求書は主に退院に合わせて発行されるため、毎日午前中に請求業務が集中します。

 

 

 

 

レセプト審査

 

外来と入院それぞれで計算された診療項目をもとに、請求内容に過不足や誤りがなかったかを精査します。

 

毎月10日までに健康保険などの関係機関へ、患者ごとの診療報酬明細書(レセプトと呼びます)を送付し、料金徴収で患者負担分を除いた7~9割の診療費を請求します。

 

これらは、その月の全ての患者に対しておこなわれます。

 

 

請求内容に機関から問合せが入ることもあり、それに答えたり、必要に応じてレセプトを返戻して再処理したりします。

 

 

 

 

予約オペレーター

 

先述した予約は、外来や院内に入院している患者が対象で、予約オペレーター(医療機関によって呼び名に違いあり)は他の医療機関に通院をしている患者が受診するための予約を受け付ける専門部署です。

 

医療機関にはそれぞれ対応できる病気が違うため、病状や検査内容次第では受診を受け付けられないこともあります。

 

そのため、ここではどのような症状でどんな検査が必要かなどを詳しく確認します。

 

内容によっては、医師の判断をもとに受診可能かどうか返答します。

 

 

 

 

外来診療科での患者対応

 

外来受診に来た患者は、各々診療科で医師の診察を受けます。

 

このとき、患者の受付や診察に関係する説明・案内をおこなうのが外来クラークと呼ばれる医療事務です。

 

患者と医療従事者、患者と他部署を結ぶ橋渡し役になることもあります。

 

 

 

 

病棟での入院患者対応

 

病院クラークと呼ばれる医療事務は、各入院病棟の受付で業務をおこないます。

 

業務には、患者が入室される際の各種案内や見舞い客の案内、病棟の医師や看護師の連絡係、入院関係担当者との診療費請求に関する書類送付や連絡事項の報告などが含まれます。

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医療事務の過酷な労働実態とは

 

医療事務の仕事は、個々の部署で発生する事務作業のほかに、患者対応が加わります。

 

やるべき作業があっても患者優先で業務をおこなうのが鉄則です。

 

これらを踏まえて、医療事務がいかに過酷な労働環境にあるのか見ていきましょう。

 

 

医療事務が置かれている環境の背景に目を向けてみると、過酷な労働に陥る要因がわかります。

 

 

医療事務の多くは外注スタッフ

 

主に国公立系の病院で働く医療事務は、ほとんどが外注スタッフです。

 

その理由には、さまざまな要因が絡み合っています。

 

 

 

まず、病院の財政状況です。

 

国公立系の病院は特に、国や自治体から助成金があるから黒字経営だと思っている方は割合多いようです。

 

ですが実際には、従業員や設備投資・維持にかかる莫大な費用の回収が難しく、利益率が低い医療機関はたくさんあります。

 

 

医療機関の収入源は、患者が支払う診療費です。

 

その大半は、医療機器の導入や維持、施設管理にかかる費用に消えます。

 

これらの費用は、機材によっても異なりますが導入だけでも数千万~憶単位。

 

維持や管理には、数百万~数千万かかっています。

 

さらに、医療従事者や病院直属の事務スタッフといった従業員が数百名いますから、かかる人件費も巨額です。

 

 

 

設備費や施設管理費を削減すれば、病院として適切な治療や診断、療養といったサービスを提供することができなくなります。

 

かといって人件費を減らせば、優秀な医療従事者や、運営業務をおこなう人員の確保が難しくなってしまいます。

 

それらを考慮すると、最も削減できるのが医療事務や清掃員、警備員といった経営や治療に直接かかわらない人員の費用です。

 

 

 

直接雇用するとなれば、各人との契約を交わすことになり、それなりの給料や待遇を用意しなければなりません。

 

しかも、雇用にあたって面接をしたり、雇用後は昇給や昇格などの人事査定も必要になります。

 

こうした作業に、時間と労力をかけられる人員がさらに必要となりますから、単純に雇用すればいいという話で終わらせることができないのです。

 

けれど、人員がいなければ病院を適切に運営していくことができません。

 

 

 

1日に数百~数千人規模で訪れる患者を病院の運営スタッフ数10人で対応することは、現実的に無理があります。

 

仮に、そこに医療従事者を巻き込めば診療どころではなくなってしまいます。

 

これでは、適切な病院運営とは到底いえません。

 

 

 

そこで、登場するのが人材派遣会社です。

 

 

医療事務や清掃、警備といった業務をそれぞれ専門にしている派遣会社を利用すれば、運営スタッフの手がなくても、適切に現場を切り盛りしてくれます。

 

病院がせずとも人材派遣会社が全てしてくれるのですから、それだけでもコストを抑えることができます。

 

そればかりか、勤怠管理や人材育成にかかるコストや手間も、人材派遣会社が負ってくれるのです。

 

 

 

病院にとってみれば、一石二鳥どころではありません。

 

医療従事者や医療機器などにかかるコストを確保することができて、なおかつ必要な人材を余計なコストをかけずに手にできるのですから。

 

人材派遣会社は、そうした病院側の懐事情を理解しているので、自社の利益や実績を上げるために医療機関へ人材を送るのです。

 

 

 

ですが、ここで一つ疑問が浮かびます。

 

いくら病院がコストをかけずに人材を確保したいとはいえ、人材派遣会社も利益を生むにはそれなりの費用を病院に請求したいはずです。

 

 

 

ここで、ポイントになるのが『入札』というシステムです。

 

 

 

 

人材を格安で確保できる『入札』システム

 

人員は欲しいけれどコストは抑えたい病院。

 

利益と実績が欲しい人材派遣会社。

 

この2つは、求めているものが相反しています。

 

 

このままでは平行線になりますから、落としどころを探すことになります。

 

私立の医療機関であれば、双方で交渉しながら着地点を見いだすことも多いのですが、国公立系の医療機関ではそうもいきません。

 

その理由は、国公立の医療機関が国や自治体から補助を受けていることに関係しています。

 

 

 

私が勤める3年ほど前の話ですが、ある派遣会社(医療事務専門)が医療事務業界では台頭しており、そこだけが何年もの間ずっと請負契約をしていたという現実がありました。

 

ところが、補助金にまつわる政界のワイロや癒着などが集中して報じられた頃から、公立病院でも癒着防止のために特定の派遣会社だけを利用することをやめたのです。

 

 

それから病院では、一定周期ごとに外注できる派遣会社を入札で決定するようになりました。

 

私が在籍していた病院では、3年に一度の頻度で入札がおこなわれていました。

 

そうなると、それまで大手派遣会社しか契約できなかった病院にも、会社の規模が小さくとも人員さえ確保できれば参入できるようになったのです。

 

事実、複数の派遣会社が落札しようと入札交渉に参加するようになりました。

 

 

 

落札するには、病院側の要求に合う提案をおこなう必要があります。

 

提供できる能力やサービス、コストなど総合的に病院側の求めるものと合致していれば、3年契約を勝ち取れるのです。

 

良いサービスを提供してくれて、かつ契約料が少しでも安ければ、病院もこれほどオイシイ話はありません。

 

 

派遣会社側も契約が取れれば実績にできますし、それで社会的信用が向上すれば、他の病院とも契約を取りやすくなります。

 

そうなると、会社にとってもコスト面で多少無理をすることになってもメリットが大きいので、落札を狙うのは必至です。

 

そのため、どの派遣会社も同じことを考えるため、結果的に派遣会社同士での価格競争が始まるというわけです。

 

 

 

では、契約料が安いとどこに影響がでるのでしょうか?

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医療事務の給与は驚くほど低賃金!平均時給は970.9円

 

直接影響がでるのは、外注スタッフが受け取る給与面です。

 

それも、パートタイマーや準社員が対象となります。

 

 

医療事務の外注スタッフの場合、その9割以上が短時間勤務者や準社員です。

 

正社員は、1割もいません。

 

 

私がいた病院の医療事務(外注スタッフ)は、およそ130人。

 

このうち正社員は10人もいませんでした。私自身も、リーダーという役職を持っていましたが、準社員の一人でした。

 

 

医療事務になる人の大半が、子育て世代の女性です。

 

20代半ば〜50代の女性で、30代と40代が最も多いです。

 

妊娠や出産を機に仕事を辞めたり、辞めざるを得なくなったりした女性たちが、長く安定して働ける職場として医療事務を選びます。

 

 

他にも、バリバリと働いていたけれど不幸にもリストラされて職が必要になった人、仕事中心の生活から育児や家庭と両立できる生活がしたいと転職をしてくる人などもいます。

 

かくいう私も後者にあたります。

 

 

 

病院は一般企業とは違い、よほど経営状態が悪くならなければ閉業してしまうことはありません。

 

ましてや、国公立の病院であればなおさらです。

 

 

そうやって安定を求めてくる女性たちの中には、まだまだ子どもが小さいからと短い時間だけ働きたいという人も多くいます。

 

しかも、スーパーなどのようなサービス業とは異なり、救急がない医療機関なら勤務は平日のみです。

 

家庭も大切にしたい女性にとっては、条件にピッタリな職場なのです。

 

 

 

医療事務として働きたい人はたくさんいるけれど、派遣会社が彼女たち全員を正社員として雇えば、会社の人件費がかかってしまいます。

 

病院との契約料を考えれば、正社員雇用するよりも短時間労働者(パート勤務者)として雇用したほうが安上がりです。

 

ですが、中には短時間勤務を望まない人もいます。

 

それに、パート勤務者ばかりでは業務に支障を来たします。

 

病院の営業時間は、クリニックや診療所とは異なり中休みのない長時間営業だからです。

 

 

 

そこで派遣会社は、準社員という雇用形態を利用します。

 

準社員は労働基準法上、“非正規社員”の扱いになります。

 

会社が都合の良い呼び方として『準社員』と呼称しているだけで、実態はフルタイムで働く非正規従業員です。

 

 

 

正社員ではないですから、会社側も正社員並みの給料を支給する必要がありません。

 

病院との契約料に見合った給料を与えればいいのですから、賃金が安く設定されてしまうという連鎖が生じます。

 

賃金には最低額があり、短時間勤務者であろうとフルタイム非正規雇用者であろうと、その金額は自治体ごとに決まっています。

 

 

 

最低賃金についての諸事情はここでは割愛しますが、アルバイト・パートの求人サイト『タウンワーク』によると、2019年1月現在で医療事務の平均時給は970.9円(募集案件のあった21都道府県より全国平均を算出)になっています。

 

地域の特性も関係しているので、東京近郊では1,120円、石川県では828円と、地域によっておよそ300円の開きがあります。

 

参考資料:『タウンワーク 医療事務のアルバイト・バイト・パートの平均時給

 

 

これを安いとみるか高いとみるかは、医療事務の実態を知らない人であれば「事務職だからそんなものでは?」と思えるかもしれません。

 

けれど、一般企業で働く事務員でも、もう少し高いお給料をいただいているところも多いはずです。

 

ましてや人材派遣会社ともなれば、時給1,000円以上の事務案件はゴロゴロあります。

 

ところが、医療事務は私のように役職に付いていた従業員ですらわずかな役職手当が付く程度で、全般的に賃金は安く、昇給しても数十円がいいところです。

 

 

 

ここで、冒頭でご紹介した医療事務の仕事内容を思い出してください。

 

 

 

 

規模と部署によって異なる業務量と長時間労働

 

院内にはさまざまな部署があり、それぞれで請け負っている業務内容が異なるため、おこなう作業も違います。

 

さらに、その大半の部署では患者対応もあります。

 

会計を除き、患者は個々で受ける診療が異なります。

 

すると、それぞれの部署で対応する患者数にも違いがでます。

 

それに伴って、各部署では処理する業務量にも差異がでます。

 

 

 

病院が営業しているうちは、ひっきりなしに患者が受診に訪れます。

 

来院のピークに差はあれど、医療事務は常にパラレルワークが求められる職場環境だといえます。

 

医療機関の規模が大きく、なおかつ対応する患者数が多い部署ほど、スタッフ1人にかかる作業負荷も大きなものになるのです。

 

 

 

単純に作業負荷が大きいだけならば、人員が増えれば業務量の分散を図ることが可能です。

 

しかし、現実にはそう上手くいきません。

 

人員を補充すれば、そのぶん派遣会社が負担する人件費が増えます。

 

1件の契約が成立すると、派遣会社が負える人件費の予算も決まります。

 

その金額は、病院との契約料に基づいたものになっているため、人員を補充するにしても限度があるのです。

 

 

 

次に、ネックになるのが各部署で人材が固定化しない点です。

 

これについては後述します。

 

 

これらの点から、単に増員しても作業負荷を小さくすることには繋がらないといえるのです。

 

 

医療機関の中で医療事務が請け負う、最も作業負荷が大きい業務は何かというと、それは会計やレセプト審査業務です。

 

なかでも、外来患者の対応をする診療費を計算する部署『外来会計』は、その最たるところの一つです。

 

 

大きな病院では、1日あたり1,000人〜2,000人の患者が受診に訪れます。

 

外来会計では、それら全ての患者の診療費を計算します。

 

 

さらに、計算するのは診療費ばかりではありません。

 

生命保険会社に提出する証明書にも発行費用がかかります。

 

また、遺伝性がんの要因を調べる病理検査、他の医療機関での診断結果や治療内容を第三者の医師に意見をもらうセカンドオピニオン、人間ドックなどさまざまな費用を計算します。

 

 

 

会計の業務は、会計に訪れた患者の受付から料金収納までが一連の流れになっています。

 

計算業務は、その流れの中にあり、最も重要な役割でもあります。

 

また、会計は患者が院内で最後にたどり着く場所です。

 

ゆっくりと計算などしていては、会計待ちの患者で待ち合い所が溢れてしまいますから、1人あたりの待ち時間を極力少なくする努力が必要です。

 

 

 

計算時には患者の氏名や生年月日、性別、健康保険の有無と期限の有無、診療内容の漏れ・間違いなど、多岐にわたる項目をチェックし計算を確定させます。

 

診療項目によっては同時に計算してはいけない項目や、カルテの内容を見て適切な診療項目や使用した材料を入力することもあります。

 

診療行為が診察だけであれば、これらを一通りこなしても1秒もかかりません。

 

むしろ、1秒もかけていられないのが実情です。

 

営業時間が終わりに近づくにつれ、検査や処置など一通り回って診察を受けた患者が会計に来るようになります。

 

営業開始から時間が経つにつれて、診療内容がどんどん濃いものになっていくのです。

 

 

 

しかし、診療内容が濃いからとのんびりなどしていられません。

 

営業が終わるまで患者が訪れますし、業務は計算するだけが仕事ではないからです。

 

 

患者によっては計算内容や請求金額に納得がいかず、説明を求められることがあります。

 

そんなときは、患者が納得するまで説明をします。

 

 

がんなどの高額治療を受けている人の中には、高い診療費を安くするための高額療養費制度を知らない人もいますから、その案内をすることもあります。

 

ここでも、制度について一から説明するので、患者の理解に合わせて説明を進めなくてはなりません。

 

 

国や自治体から医療費の補助を受けている患者には、補助を利用したことを記録する証明書への記載も会計の業務の一環ですし、初めて証明書を利用する患者には、利用方法や更新手順なども説明することもあります。

 

 

このほか受診を検討している患者から、診療費についての相談や確認などで電話が入ることもあります。

 

中には、金銭的余裕がない患者もおり、受診したくても受診できないといったような悩みを相談されることもあります。

 

細胞や組織を採取した患者には、精査のために追加検査がおこなわれることもあります。

 

その場合、追加で実施された検査費用の請求連絡も会計担当者がおこないます。

 

 

 

それに、全ての患者が素直に診療費の支払いに応じてくれるわけではありません。

 

病気のせいで会計に寄るのを忘れたり、一部には身勝手な理由で診療費を支払わず帰宅してしまう患者もいます。

 

そういった方たちに連絡を入れて、支払いを促すのも会計業務の一つです。

 

 

 

こうした業務のほかに、精算機など支払専用の機械を設置している場合には、エラーなどのトラブル対応も会計担当者がおこないます。

 

設置業者に依頼をすれば、メンテナンス費などの高額な費用が発生するため、極力スタッフで対応します。

 

さらに、営業が終了したあとは、翌日の準備があります。

 

 

 

そしてレセプト審査の時期になると、これらの業務に加えて請求した内容の精査業務があります。

 

レセプトには、保険機関へ請求する際に掲載しておくべき文言や日付など、厚生労働省より指定されている情報を付加させなければならない決まりがあります。

 

それらが漏れていると、過剰請求とみなされてしまうこともあり、万全の状態で完成させなければなりません。

 

こうしたことを該当患者、全員分おこないます。

 

 

 

会計で優先するのは、患者がスムーズに会計を済ませ帰宅できるようにすることです。

 

そのため他の作業は、受付や計算、受領の合間を縫っておこなうことになります。

 

加えて外来会計は、外来のどこの部署よりも遅くまで営業をおこないます。

 

 

たとえば営業時間が朝9時~夜8時までだとしたら、会計終了まで誰かが対応しなくてはならないのです。

 

パートタイマーは昼間のうちに帰宅しますから、準社員もしくは正社員が対応することになります。

 

カフェやスーパーでも夜シフトの従業員は、昼頃から出勤など長時間勤務にならないよう配慮したシフトが組まれます(ここでは、人員不足などによる通しシフトは無視しています)。

 

ところが、そうしたシフト制度を医療事務業界や病院自体が取り入れていないことも多くあり、夜の当番でも他のスタッフ同様に朝から出勤していることも少なくないようです。

 

 

実際に私が在籍していた当初、労働時間削減に向けての具体的な取り組みはほとんどされていませんでした。

 

きちんと昼休憩を取ること、有給休暇を消化することは声高にいわれていましたが、現実問題として病欠などがあれば1時間の昼休憩をまともに取ることもできませんし、パート勤務者のシフトの都合によっては有給休暇を丸1日取れないこともありました。

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1日の労働時間は最大12時間にも…

 

部署ごとに抱える業務量に差があることが原因で、多忙な部署では労働時間が1日最大12時間に及ぶこともあります。

 

かつて私がいた外来会計も、夜の当番やレセプトチェックの時期には、朝9時の出勤から夜10時、11時といった遅い時間まで残ることもしょっちゅうでした。

 

 

そこへきて、3年に1度の入札で業者が入れ替わると、新人育成や経験者へのOJTで、自身の業務が滞りやすくなります。

 

入れ替わりで配属される人数は、外来会計では10人以上。多い時では20人近いスタッフが入れ替わります。

 

 

 

育成には時間がかかりますから、リーダーだけでは手が足りません。

 

そのため、熟練のスタッフを教育係に任命します。

 

それでも、彼女たちにもやるべき作業がありますから、ただでさえ多い業務がさらに多くなるわけです。

 

 

 

支え合いながら業務遂行を図っても、もともと人員が十分でないので、どこかで負担を分散していかなくてはなりません。

 

かといって、いくら医療事務の勉強をしてきたとしても、実践で求められるのは勉強以上のことばかりです。

 

そんな厳しい状況に、いきなり放り出すわけにはいかないので、結果的にスキルの高いスタッフに負荷が集中することになります。

 

 

 

業者の入れ替えがないときでも、患者対応で予想以上に時間が取られてしまうと、残務処理のタイミングが遅くなることもあります。

 

すると、残業時間が長引いてしまうという結果になることもあります。

 

病院の場合は、クリニックや診療所のような中休みがありません。

 

午前と午後で診療時間が決まっていないので、1日を通して患者対応と業務に追われることになります。

 

 

 

昼休憩も、順番を決めて順繰りにとっていきます。

 

ところが、患者対応などがあると、休憩中でも患者が優先なので、大して休む間もなく持ち場へ戻るということもあります。

 

そんなとき、対応が終わって再び休憩に戻れればいいですが、繁忙状態になると残りの休憩を取り損なうこともあります。

 

これも、人員を最低数でどうにか保たせているからこそ起こる事態。

 

現場でどれだけ人員補充を訴えても、コストに絡む部分のため、簡単には現状を変えられないのがつらいところです。

 

 

 

 

退職率は事務職の中でも圧倒的

 

数多ある事務職の中でも医療事務は、圧倒的に退職率と離職率が高い職業です。

 

その原因は、賃金の安さと労働環境に集約されているといっても過言ではありません。

 

やるべきことが多い医療事務は、業務量に比べて賃金が安すぎることも、人員不足に拍車をかける要因になっています。

 

 

また、業務量だけでなく求められる能力も多く、それもハイレベルで要求されることから、耐えられずに辞めていく人もたくさんいます。

 

医療事務が求められる能力は、主に次の通りです。

 

 

●患者と対話できるコミュニケーション能力

●悪質なクレームや暴言に対する精神的な忍耐力

●どんな場面でも臨機応変に対応できる適応力

●長時間勤務になってもパフォーマンスを落とさない体力と集中力

●医療従事者とも対等に会話できるような知識量(外来・入院会計、レセプト審査担当者)

 

 

一般のスタッフですらこれだけの能力を求められるのですから、それ相応の賃金を求めたくなるのが人の性(さが)というものでしょう。

 

長時間労働も、他のサービス業のように早番や遅番などシフト出勤制にすれば多少の改善は見込めますが、業者側がそれを許可するかどうかは会社の体質によるところも大きいため、残念ながら必ずしも期待ができません。

 

 

それに、医療機関に来られる患者の多くは病気や薬によって心を傷めている人が大半です。

 

理不尽な言葉の暴力を一方的に浴びせられることも日常茶飯事。

 

かといって、病院は医師法の定めもあり、基本的には受診を拒否することが難しいのが実情です。

 

 

 

近年は、医療機関側も少しずつ悪質な患者については、ブラックリスト化したり、あまりにひどい場合は受診拒否をするなど対策を取るようになってきています。

 

それでも、ある日突然牙を剥かれることもあります。

 

そんなときは、どうしても現場での臨機応変な対応が求められます。

 

 

 

 

最大のメリットは“ブランクよりも経験値”

 

医療事務は、資格を絶対としていないため、誰でも簡単に就職することができます。

 

働き口も、クリニックや病院など通勤に便利なところを選びやすく、女性が多い職場であることから子育て中のママの就職率が大変高くなっています。

 

実際、同じ経験をしてきたママ仲間が多いため、協力をしてもらえることも多いです。

 

しかし、個に求められる能力の高さや低賃金がアダとなり、退職する人が後を絶ちません。

 

 

 

そんな医療事務ですが、最大のメリットはブランクがあっても医療事務として何度も就職できるという点です。

 

総合病院などの規模の大きい医療機関は、たいていが人員不足です。

 

しかも、医療事務経験があっても完全離職をしてしまう人も多いので、飽和状態といわれつつも常に人員確保に頭を悩ませています。

 

そのため、働く場所が違っても医療事務経験があるというだけで優遇されやすいというメリットがあります。

 

 

医療機関の仕事は、急に職場環境や業務の進め方が変わることがありませんから、ブランクがあっても戻ってきやすいのです。

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医療事務の労働環境を変えるには現場から

 

医療事務の労働環境は、病院の規模、所属する部署、配置される人数、各個人のスキル、そして患者に依存します。

 

トラブルなく患者対応がスムーズに運び、作業を効率よくスピーディに処理できる個々の能力の高さがあれば、多少の人員不足を補うことは可能です。

 

 

事実、私がいた外来会計は最も多いときでスタッフは20人以上いました。

 

その頃は、受付・計算・料金収納の各担当に余力があったため、昼休憩や有給休暇も十分取れましたし、残業も日替わりで対応でき、1人1人の労働時間も大幅に削減できました。

 

 

 

しかし、そんな状態はいつまでも続かないもので、退職者がでるとそこへ余力のある部署から人員が補充されます。

 

補充されたあと、抜けた穴を補充してくれるわけではないため、最低限の人数に落ち込むまでそれが続きます。

 

そうなると、元の木阿弥です。そこで私がとった行動は、人員が足りないからこその改革でした。

 

 

まず、手始めに残業時間を減らす試みを提言しました。

 

具体策としては、朝の営業開始から従事するスタッフと、夜の当番になっているスタッフの出勤時間をずらすシフト制度の導入です。

 

ところが、これまでシフト制導入の前例がないことを理由に一蹴されました。

 

諦めずにその後も何度も訴えて、どうにか1週間の試験運用にこぎつけました。

 

 

 

1週間後、長時間労働の解消と人件費の削減にも繋がることが証明され、ひとまず期限を設けずに運用することになったのです。

 

これによって、長時間勤務を理由に退職する人は激減し、退職者の抑止効果も評価されて通年での採用と、他の契約先の病院でも同様の対応を取ることが決まったのです。

 

 

 

進言するまでは、上層部にはこうした制度をつくることすら頭になかったといった様子でした。

 

長く同じ業界にいると、現状の働き方を改革するという考えはもとより、長時間労働が当たり前でおかしなことという意識が薄れがちになってしまうのかもしれませんね。

 

けれど、上層部が動くのを待っていても、そのあいだ現場に立つのはスタッフです。

 

スタッフにとって働きづらい環境を一刻も早く変えるなら、現場から声を発するほか近道はないのではないでしょうか。

 

 

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まとめ

 

「医療事務は、カウンターに座ってただニコニコと患者対応をしていればいいんだろう」こうした軽い気持ちで入社してくる人は、結構多いのです。

 

しかし、実務に就いてみると、想像以上の激務と賃金と業務バランスが見合っていないことに、「こんなはずじゃなかった」と辞めていく人はたくさんいます。

 

また、弱者の力になりたいと入社してきても、パラレルワークという仕事のやり方そのものに「自分は無能かもしれない」とストレスを感じ、さらにそこで悪質な患者と接することによって精神を病んでしまう人もいます。

 

 

 

どんな人にも向き・不向きがあります。激務でもそれをケロリとした顔でこなす人もいれば、そうではない人もいるものです。

 

ただ、どんなキッカケや理由で医療事務の職を選ぶにしても、内情を予め知っておくことは決して無駄なことではありません。

 

もしも合わなさそうだと感じれば、他の道を選ぶこともできるのですから。

 

 

 

病院勤務の医療事務の仕事は、働く側にとって決してやさしい労働環境とはいえません。

 

それでも「誰かの助けになりたい」「将来の自分のためにスキルアップしたい」と考える人にとって医療事務の仕事そのものは、患者の笑顔を見て喜びを感じられ、年老いても続けられるとてもやりがいある仕事です。

 

この記事で、医療事務とはどのような仕事なのか、理解を深めていただけると嬉しいです。

 

 


この記事を書いたのは

浜田 みか
浜田 みかライター
【フリーライター/作家/電子書籍編集者】家事が苦手のママライター。いつもどうやって手を抜こうか考えています(笑)一番の趣味は、カメラと散歩と海外小説。相棒のEOS Kissを片手に、あちこちを飛び回っています。